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【才能vs努力】天才の特徴と努力の関係

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あなたは天才ですか?それとも天才に憧れている人ですか。

アインシュタインやエジソン、ニュートンといった歴史上の人物から最近ではイチローや羽生まで、

誰もが一度は圧倒的な才能や特別なものを持っている人に憧れたことがあるのではないでしょうか。

その一方で、才能の壁にぶつかったり、努力ができなくて悩んでいたり、どんなに頑張っても上手くいかなくて、結局生まれつきの才能がないとダメなのかなって思ったりすることもありますよね。

今回は、天才や才能、努力の関係性についてまとめてみます。

それを通して、自分は才能がないと思っている人、頑張っているのに成果が出なくて悩んでいる人がどうすれば、うまくいくことができるのかについても考えてみます。

天才についての発言をまとめる

まず、初めに天才や才能についてどんなイメージを人は抱いているか、そして、天才と呼ばれる人はどのような発言をしているかについてまとめることにします。

天才や才能を定義することは困難ですが、関連する言葉をまとめることでイメージを固めることができるかもしれないからです。

一般人の見解

1.*1

天才というのは、「運命に選ばれた人」です。

努力では天才のまねはできません。
何故ならば、人がその才能を生かしているのではなく、天がその人を動かしているからです。

天才には職業選択の自由がありません。その才能に縛られ、仕事を強制的にさせられることになるからです。
天才の人生が苦悩の連続であるということは決して珍しくありません。

自分の意志ではどうにもならない巨大な運命に翻弄されるのが天才の姿です。
その運命を受け入れてその天才を全うした人もいるし、受け止めきれずに破滅した人もいます。

能力があるから天才なのではなく、運命(天)に選ばれたから天才なのです。

2.*2

天才とは知能指数(IQ)がいくつ以上なのでしょうか?

関連記事:【あなたはIQについて本当に理解していますか? 】知能指数の意味を解説

3.*3

◆普通の人が見過ごしていることに、敏感に気付く人のこと。
ハーレー頭巾さん

◆人知れず、地道に努力を続ける人。
luciernagaさん

◆努力しないで才能を発揮している人、又はそう見える人。
みかん+りんごさん

◆間違える方法を知っている人。
Kahnさん

◆他者とは異なる見方をする。はじめは異質に思われることも多いが、長期的な目で見ると着眼点の違いや先見の明があることに気づく。年月を重ねることで周囲に認められる人。
ラディニックさん

◆他人とは違う物の見方をして、それが、運良く、大発見や大発明に繋がった人。繋がらなければ、ただの変人。
umakoさん

◆天から頂いた才能を、自身の努力で引き出した人。
のりおさん

◆褒め言葉。自分より秀でた部分のある人に対して、その部分を褒め称える。その裏には劣った部分があるとの認識がある場合も多い。
だいだらぼっちさん

◆凡人が努力や練習を積み重ねた末にできることを、すぐにしてしまう人のこと。
トナカイさん

◆天から授かりしものを苦も無く表現できる能力。
ルナさん

天才達の発言

引用元*4

努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。

イチロー(日本のプロ野球選手、日本及び米国で活躍 / 1973~)

世界一になるには世界一の努力が必要だ。

本田圭佑(日本の現役プロサッカー選手 / 1986~)

誰もが才能を持っている。でも能力を得るには努力が必要だ。

Everybody has talent, but ability takes hard work.

マイケル・ジョーダン(米国のバスケットボール選手 / 1963~)

天才とは努力する凡才のことである。

アインシュタイン(理論物理学者、ノーベル物理学賞受賞 / 1879~1955)

もちろん、生まれつきの能力の問題もまったく無視はできない。それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。絶え間なく、粘り強く努力する。これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる。

トーマス・エジソン(米国の発明家、起業家 / 1847~1931)

何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。

羽生善治(日本の将棋棋士、十九世名人 / 1970~)

人は天才に生まれるのではない。天才になるのだ。

One is not born a genius, one becomes a genius.

ボーヴォワール(フランスの女性作家、哲学者 / 1908~1986)

傾向とまとめ

これをみるに一般人は天才とは生まれつきのものだとみなしている傾向が見て取れます。その一方、天才と言われる人たちは天才とは努力の積み重ねに過ぎない。つまり、後天的に作られる点を強調していますね。

ただし、こうした天才達の言葉は得てして努力の面を切り取られて集められている可能性があることは留意すべきです。

天才達の中にも、才能は先天的に与えられたものであると考えている人もいるはずだからです。

しかし、上記の人たちがそのような考え(天才は後天的に作られる)を持っていたことは間違いありません。

天才はどれほど努力をしていたのか

ここで非常に有名な法則をご紹介しましょう。マルコム・グラッドウェルは著作、天才!成功する人々の法則で10,000時間の法則について言及しています。

天才!  成功する人々の法則

天才! 成功する人々の法則

この法則は有名なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。この法則は各分野で一流の人になるには少なくとも10,000時間を費やすことが必要であるとするものです。

1日10時間費やしたとしても、1000日、3年弱必要な計算です。

もっとも、この法則には3つほど留意点があります。

第一にこの数値は目安であり、厳密なものではありません。そもそも、各分野の超一流といっても、分野によってレベルは違うはずであり、全ての分野において同じ時間で必要ではないことです。

例えば、競技人口が1000程度の超マイナースポーツで一流選手になるのと、世界的に人口が多いスポーツ、例えば、バスケやサッカーで一流選手になるための時間は大きく異なるはずです。

第二にこの数値は一流になるために必要な時間数であり、上記に出たようないわゆる天才的な才能を発揮する人たちはこれよりさらに時間を費やしていたことは想像にかたくありません。

第三に努力は必ずしも時間の多さだけで向かわれるかが決まるものではありません。当然ながらその質も重要な要素になってきます。そのため、ただ、時間をかければ一流になれるというわけでない点は留意すべきです。

でなければ、大抵のサラリーマンは入社3年で一流サラリーマン(?)になっているはずですから。

大抵の場合、努力不足

このように、天才と言われる人、また一流と言われる人はまず間違いなく努力をしています。

自分に才能があるかどうか疑う時、また何かをできなくて悩んでいる時、まず考えるべきは努力の量は足りているかです。

自分の挑戦している分野、取り組んでいる分野であなたの努力は上位何%に位置しているのかを考えるべきです。また、達成したい目標はその上位何%に入ればいいのかを考えましょう。

例えば、受験の場合、偏差値70の大学に行きたいとしましょう。偏差値70とは母集団の上位2%をの事を指します。従って、この場合まず必要なことは母集団(この場合は受験生)のうち、上位2%の努力をしているか確認することです。

才能がないとか、頭が悪いと嘆く前にまず考えるのは努力が足りているかの確認です。

分野によっては、目指すべき時間数や位置がわからない時もあると思います。その時は、10,000時間の法則は一つの目安になるでしょう。

その努力は正しいか

自分は、努力をしているが成果が出ないという人もいるかもしれません。十分な努力をしているにも関わらず報われないと感じている人もいるでしょう。

こうした状況の人が確認することはその努力は正しいかです。

これについては、東進の林修先生が的確な答えを述べています。*5

努力は裏切らないって言葉は不正確だ。

正しい場所で、正しい方向で、十分な量なされた努力は裏切らない。

努力することと、努力しているふりをすることは大きく異なります。努力するとは、目標達成に向かって必要なこと、やるべきことをやることです。

そのため、ただ問題集を解いたり何かを書き写したりと作業をすることを努力とは言わないのです。

試験に受かるためであれば、正しい努力とは、わかる問題とわからない問題を区別し、試験に必要な知識レベルを踏まえた上で、理解し、記憶し、本番の試験問題に対応できるように記憶の中から取り出す練習をすることです。

こうした努力には、必ずしも何かを書き写したり、教科書や問題集を暗記するまで、繰り返す必要はありません。

成果が出ない時は、やり方が間違っていないか確認する必要があるでしょう。

努力を努力と思わない分野

自分が必死の形相でやっているが、ものすごくできる人は涼しい顔して努力をこなしている。みたいなことってありますよね。

大抵の場合、努力は苦しいものです。むしろ健全に苦しむ程度にレベルを上げることで、自分の限界を超えることができるもの。

でもやっぱり、その苦しさを延々にやっていくのはきついし、努力もするのが難しくなってきます。

その一方で努力を努力とも思わない人がいることも確かです。

そういう人達は、僕らと何が違うのでしょうか。恐らく要因は二つ考えられます。

1つ目は純粋にそれをしていることが好きって場合です。例えば、数学が好きな人っていますよね。数学が嫌いには人には考えられないかもしれませんが、頭の中で一日中数学の問題を考えることが何よりも好きって人がいるのです。

そういった人と、数学が嫌いな人だったらどっちが数学できるようになるかは明らかですよね。

もし、あなたが数学嫌いなら、そういった人と勝負することは避けたほうが無難です。彼らは日中を問わず考え続けます。

これは学生なら勉強ですが、社会人なら仕事です。

自分のやっている仕事が嫌いな人もいれば、会社にいようが家にいようが仕事のことしか考えていない人もいるのです。仕事が嫌いな人がそういった人より成果を出すのは恐らく不可能です。

だからもし、あなたが何で勝負するか決め悩んでいる時は、努力を努力と思わずにできる分野がいいです。例えば、これだったら好きなだけできるとか、勝手に考えてしまっている分野です。

2つ目は努力が習慣になっており、意識せずにできている場合です。

ごく簡単な例でいうと、息をするの大変だとか努力が必要だとは思わないですよね。

それと一緒で、毎日筋トレをする人が生活の中の一部として、身についている人がいます。そういった人は当然そうじゃない人よりも、健康的で筋肉質です。

そして、当然、当の本人はそれを努力だとは思っていません。しかし、それが努力と思う人には多大な負担がかかりますから、意識せずにできている人の方が成果を残しやすいというわけです。

結局のところ、やってみないとわからない

さてさて、天才と才能とは何かに始まり、壁にぶつかった時に考えるべきことは何かまでみてきました。

ここで、最後に言いたいことは自分に才能があるかはやってみないとわからないということです。結局それかよという結論ですが、残念ながらそうなのです。

また、ひとまず言えることは大抵の場合、あなたが悩んでいることは才能どうこうというレベルの話ではありません。

例えば、どの大学に受かるかなどはその筆頭です。100m走で10秒を切って走ることはもしかしたら、(当然ながら尋常じゃない量の努力と)才能が必要なのかもしれません。

しかし、毎年どの大学でも数百人から数千人が受かる試験で才能と口にするのはあまりにレベルが低いと言わざるを得ません。

あなたの悩みはノーベル賞を受賞したり、スポーツでオリンピックで世界新記録を出すといったレベルの悩みなのでしょうか。

そうではないとしたら、まず考えるべきは、繰り返しになりますが、①努力の量は足りているか。②努力の方向性とやり方(質)は適切か。③それは自分にとって有利な分野か(好きな分野あるいは習慣化できているか、できそうな分野)です。

目標があることも上手くいかずに悩むのも悪いことではありません。むしろ、立派に挑戦している証しです。

なので、才能がないからとか天才ではないからと言わずにまず、自分に出来ることや考えられるに集中し、正しい努力を積み重ねる以外に方法はないのではないでしょうか。

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